■川勝平太委員長代行と松岡正剛幹事長の挨拶
川勝委員長代行:委員長代行として、この委員会にご協力いただいている皆さんにまずお礼を申し上げる。現在、松岡幹事長のコーディネートにより、二冊目の『NARASIA』の準備も着々と進んでいる。また今年はすでに日本経済新聞社との共催で二度のシンポジウムも開催され、注目を集めている。
先週はまた奈良県で「東アジア地方政府会合」という大きな大会が開催された。私も出席した。シルクロードゆかりの中国・韓国の地方政府の代表の方々が集まり、それぞれの文化の力や伝統の力を共有し、改めて文化交流の重要性を認識した。
委員長代行という立場でありながら静岡県知事となった私は、この先、奈良県の取り組みと静岡県との架け橋になりたい。日本の歴史を振り返れば、奈良に蒔かれたユーラシアの文化の種が、ひとつは京都で、もうひとつは東京で開花し、日本において東西文化が融合したということが言える。これからはそれを総合化し、編集し、発信していく時代である。
東京と京都・奈良のちょうど真ん中に位置する静岡県は、そういう意味で架け橋になりうると考えている。静岡県では地元の人々が「ふじのくに」とも呼んでいる。奈良で蒔かれた種を、「富士の国」で実を結ばせたい。明治以後の静岡県はつねに東京を見て来たが、これからは「ルック・ウエスト」を心がけ、さらにその向こうにある大きなユーラシアとのかかわりを奈良県とともにめざしたい。
松岡幹事長:いまの川勝委員長代行の話にあったように、確かに奈良とアジア、東アジアと日本を1300年をまたいで総合化していくのはなかなかに難しいところがある。奈良については、古代平城京の時代以降の歴史を、いまの日本人がほとんど知らないという問題もある。じつは京都や江戸やその後の東京に開花したものは、奈良に蒔かれた種から生まれたものである。そういう意味で奈良は「キャピタル」だった。
今日もさまざまなキャリアをお持ちの委員がおいでくださっている。まずは一人ずついまの日本と東アジアについての考え方をご発言いただき、その後自由に議論していただきたい。
川勝 平太氏
■日中韓の協定とASEANとの関係
松岡幹事長:まず林委員に、JETRO理事長として実感されている日本と東アジア、あるいは企業や産業にとっての東アジアについてうかがいたい。
林委員:いま鳩山政権が「東アジア共同体構想」を提唱している。じつはJETROは10年前にアジア経済研究所と合体し、すでにスタディーを長くやっている。東アジア共同体のためには日中韓の結束がかかせないが、日中間、日韓間の歴史問題などもあって、3ヵ国の信頼関係はなかなか醸成することができなかった。我々としては経済的な関係だけでも維持していこうという発想でやってきた。近年、関係改善の雰囲気も出てきたので、我々の活動にも弾みがついてきたように感じている。
いま実は中国も韓国も日本も、ASEANとのあいだではFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)がほとんど成立している。ところが日中韓が互いに協定がない。我々はこの3カ国の結束の重要性をつねに説いてきた。ただし非常に難しい面がある。たとえば日韓の貿易収支は昨年韓国側が300億ドルの赤字である。日本とのあいだでFTAを結べばますます赤字が拡大するというのが韓国産業界の意見である。一方、韓国は中国に対してたいへんな黒字を出しており、日本は中国とのあいだで赤字になっている。我々としてはこういう形で3カ国はバランスがとれていると言っているが、それでは韓国が納得しない。
先日の奈良県の「東アジア地方政府会合提唱者会議」に出席して、中央政府同士では建前論が前面化して前進しないことが、地方政府同士ならばもっと親密な関係が築けるということを強く印象付けられた。そのことは、私自身、通産省時代にアメリカとの関係で実感したことでもある。国と国とのつきあいはキャピタル同士だけではうまくいかないものだ。もっとマルチレイヤードで、さまざまなレベル、とくに地域と地域とで交流を深めていく必要がある。
松岡幹事長:いま日本がアジアとか東アジアとの関係を深めるという場合、どの程度の領域を想定していくのがよいのか。あるいは日中韓のトライアングルを核にしながら、アメリカを気にしつつも徐々に拡大していくのがいいのか。
林委員:いろいろな考え方がある。中国はASEAN+3で結束を固めるべきと考えているが、日本はASEAN+6まで広げてインド、オーストラリア、ニュージーランドまで加えるべきという考えをもっている。日本の中にもいろんな意見はあるが、広がれば広がるほどマーケットとしては価値がある。ただ、そのためにもまずは日中韓が合意しなければ、+3も+6もない話だ。
アメリカはアジアが排他的に結束することをたいへん心配していて、先どりする形でアジア各国とどんどんFTAを結んでいる。韓国とも合意している。このように、アジア同士のFTAができないのに、アジアの各国は外の国とどんどんFTAを結んでいる。それならば、アジアないしアジア太平洋を広くカバーする協定をめざしたほうがよいのではないか、という考え方もある。ASEANのほうは日中韓が結束するとASEANがはずされるのではないかという心配を持っているが、あくまでASEANとの関係をふまえた3ヵ国の結束をベースに共通意識を形成していくべきだ。
林 康夫氏
■相互留学制度と人材育成の課題
松岡幹事長:白井委員は早稲田大学総長として、中国の20~30の大学と提携して相互留学の制度をつくられている。大隈重信以来の早稲田の歴史のなかで、新しいアジア的早稲田像が生まれつつあるようだが、教育や学生交流の面から見て、日本と東アジアをどのようにお考えか。
白井委員:早稲田が始めているのはダブルディグリーという制度で、1年間のあいだ相互に同数の学生を交換し、双方で単位が取れるというものである。文科省のレギュレーションではそのままでは無理があるので、単位を満たすためのいろいろな工夫をしている。また大学院のプログラムもあって、ようやく交流の実態ができつつある。
中国の大学はたいへん厳しい。日本に比べると格段の違いがある。きちんと授業でノートをとりマスターして試験に合格しないと単位が取れない仕組みになっている。あまりの厳しさに悲鳴をあげたり帰りたいという学生も出てくるが、そこをなんとか励ましながらやっている。
ダブルディグリー制以外にも、いろいろな大学と学生交換をしている。早稲田から行く学生は最近までごく少なかったが、ここ1~2年は急激に増えている。これからの時代は中国語や韓国語の需要が高まる。中国語を学んでいる学生は留学生以外にも1万人ほどいる。これからは中国語と英語と日本語ができる人材が必要になってくる。ただし大学で学ぶだけでは実務で使いものにはならない。グローバル時代に生きていくためには相当な覚悟でやってもらう必要がある。そのためにはプログラムもまだまだ強化しなければならないと考えている。
林委員:外国に行くと、ふつうは英語のほかにもう1ヶ国語をマスターしているような人材が多い。ダボス会議の受付にいる女性たちは、英語でもフランス語でもドイツ語でもイタリア語でも対応できる。日本にはそういった人材はほとんどいない。そのことは財界でもたいへん憂慮していて、大学でグローバルな人材教育をぜひ徹底していただきたいと考えている。
白井委員:日本の大学は海外から何万人の留学生を受け入れるといった数の話ばかりしていた。文科省の対策も遅れている。いま早大には3000人ほどの留学生が来ているが、学生数の6~7%程度である。アメリカの大学なら20%くらいが留学生である。数の問題だけに絞ってもずっと遅れてしまった。日本には英語で授業をやる大学が少ないという問題がある。根本的にやり方を変える必要がある。ビジネススクールの海外展開なども世界の常識からずっと遅れている。
最近、5大学で協力して、ワシントンでNPOを立ち上げた。一種のシンクタンクとして、若手の研究者でありながら政治経済のチャンネルをもった人材をつくろうとしている。今さらアメリカではないという意見もあるが、ワシントンを通じて人脈をつくることはまだまだ重要だ。
大学がやることは、じつはそれほどお金のかかることではない。企業が駐在員を置くことに比べればもっと安くできる。そういうメリットを生かして、世界中にベースを作っていくべきなのだが、日本はそういうことにもなかなか予算をかけようとしない。企業にもそういう活動を支援する費用をなかなか出せなくなっている。
白井 克彦氏
■地方政府交流の重要性
松岡幹事長:遠藤委員はFIFAで活躍され、いまは宝くじもやり、さまざまな視点からアジアをご覧になってきたと思う。ここまで、日本はこのままでは危ないという話が続いてきたが、こういう見方もあるという話をぜひうかがいたい。
遠藤委員:日中・日韓の関係は一衣帯水と言いながらも、やはり国同士の関係では教科書問題が定期的に出てきてしまう。そのような体験を実際に私も二度ほどしている。ひとつはワールドカップの事務総長のとき、定期的に開催する会議の場で、どうしても共同開催ではなく競争的開催のムードが韓国の組織委員会から出てきてしまう。しかもそこへ教科書問題が出てきてしまい、事務総長会議中心の提案が韓国側から出てくる。私は絶対に中止しないと言って継続させたが、そういうことが常に底流にあった。
もう一つは、地域文化交流財団の理事長をやっていたときの体験だが、日中韓の地方団体同士の文化交流への助成金が、竹島問題や教科書問題が出ると返上されてくる。理由を聞くと向こう側から交流の中止を言われたという。私は現役時代は日韓の自治省との幹部交流をしていたので、すぐに韓国内務省の次官補に電話をし、住民同士の文化交流をこういう問題で中止にするのはおかしい、内務省から指導をしてほしいと頼んだ。そのおかげで交流事業が復活したことがあった。
こういう体験から、地方団体の交流には住民交流がもっとも重要であり、そのためにも首長同士が日頃から交流を深めておくべきだと思う。そういう関係を築くことができれば、文化だけではなく経済の交流も生まれてくるだろう。私も先日の奈良県の地方政府会合に出席したが、たいへんいい催しだった。来年はぜひ、必ず首長に出席してもらうとよい。責任のある方たちに参加してもらえば大きな成果になる。
ただひとつ心配なのは、来年が日韓併合100周年であるとかで、また問題が出てくるのではないか。もしそれが起こると、韓国の首長は奈良に来られなくなる。そういうことが起こらないように、国とは別の雰囲気づくりや理由づくりをしておく必要がある。荒井知事も柔らかい言葉だったが総括でそのような趣旨の話をされていた。いいスピーチだった。
白井委員:我々もいま中国のいくつかの地方政府と付き合いがあるが、ひとつ悩んでいることがある。たとえば広東省などはそこだけで人口が日本と同じほどある。そういうところと日本の一地方政府や一大学が、どのような付き合いをしていけばいいのか。韓国も地域対立の激しいところがある。そういうこともこれからどうすればいいのか悩むところである。
遠藤委員:日韓関係でいうと、じつはワールドカップ以降、日韓間の壁が急激に下がり、とくに日本の若い世代が韓国に関心を持つようになった。その後に韓流ブームがあり、日韓の住民感情もずいぶん変わったように思う。
それから、韓国は賃金水準もずいぶん上がり、日本に対する対等感が出てきたのではないか。地方政府提唱者会合でも、韓国側のほうが要人が多く参加していた。いまは韓国のほうが日本との交流を重視しているように感じた。
松岡幹事長:もともと日本は海外と姉妹都市交流をやってきたが、従来の交流には何か足りないものがあったのだろうか。
遠藤委員:姉妹都市交流は原則的に1対1の関係で、線で終わってしまう。環日本海拠点都市会議などもせいぜい半面くらい。ただしこちらも真ん中に竹島があると会議どころではなくなってしまう。今回の奈良の場合は、シルクロードを通じて複数の関係自治体が集まっていた。それをまた今後は拡大していこうというように、線を面にしていこうという方針がある。日本側も今後どんどん拡大していければ、大きな起爆剤になりうる。
遠藤 安彦氏
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