日本未来編集ネットワーク MIROKU

研究会

2010.03.08

第5回研究会レポート(その1)

2009年11月19日(木)、「日本と東アジアの未来を考える委員会」の「第5回研究会」が開催されました。出席者は松岡正剛幹事長(編集工学研究所所長)、栗山道義幹事(奈良県政策顧問)、野田一夫幹事(多摩大学名誉学長)、青木保委員(青山学院大学大学院特任教授)、磯貝彰委員 (奈良先端科学技術大学院大学学長)、金炅均委員(亜洲創意院総監督)、田中優子委員(法政大学教授)、谷野作太郎委員(財団法人日中友好会館副会長)、武藤敏郎(株式会社大和総研理事長)。会場は東京ステーションコンファレンス。

■急展開する東アジア情勢を背景に

松岡幹事長:本日で研究会は5回目を迎えるが、いつも新しい顔ぶれで充実した意見が交わされ、私もたいへんインスパイアされている。いま、オバマ大統領が、日本を皮切りに・中国・韓国で国家首脳と会談を行ない、一方の鳩山首相もAPECをはじめとした各国に訪問し、やや理念が先行している部分はあるものの「東アジア共同体構想」ということを提案している。本日は、このような世界情勢を踏まえながら、まず、それぞれの多岐にわたるご専門やご経験から、最近の日本と東アジアとの関わりについてお考えをうかがいたい。

松岡 正剛氏松岡 正剛氏



■思考実験としての東アジア共同体

武藤委員:このたびの鳩山首相の発言によって、にわかに「東アジア共同体」が関心を呼んでいるようだ。先日、大連の日中フォーラムで意見交換を行なった際も、記者会見の質問はもっぱら東アジア共同体に集まった。すでに何年か前に胡錦濤氏が東アジア共同体の中国バージョンについての発言を行なっていたこともあり、中国プレスからは今後の中国のイニシアティブをめぐって多くの質問が寄せられた。こうした現状をみると、内容こそ定かではないものの、首相がそのような言葉を発したこと自体に良くも悪くも非常に大きな意味があると感じる。
 一方、日本人の場合、東アジア共同体というとEUの先例とパラレルで思考してしまうところがあるが、その意味では共同体は夢のまた夢であり、実現には百年、あるいはそれ以上かかる話だと考える。もちろん、東アジアの域内貿易という観点からは、すでに貿易比率が57%~58%にのぼり、EUの60数%と比較しても、モノの流通という意味ではかなり共同体化が進んでいる。だが、ヒトの流通とお金の流通には多くの課題を抱えている。ヒトに関しては日本自身がかなり厳しい対応をしている面もある。
 お金は本来ボーダーレスだが、中国は資本の自由化が遅れているし、ドル依存の傾向は依然として強い。前回申し上げたように、宋銭がアジアの共通通貨となっていた平安時代から鎌倉時代までの歴史に比べると、いまはバラバラな状態といえる。さらに宗教文化の観点からも、よく東アジアは仏教が共通していると言われるが、クリスチャニティのような統一の求心力はない。ヨーロッパはキリスト教という強い絆があるが、仏教は共同体を結びつける接着剤としてはきわめて弱いのではないか。
 しかし、東アジア共同体というコンセプトは、現在アジアの何が問題なのかということがクローズアップされるという意味で、「思考実験」としては極めて有効なのではないかと気がつきはじめた。東アジア共同体ということを突き詰めて考えていくと、何が不足し、何が共通し、どうしたらいいのかということが次々と問題になってくる。つまり「旗」としては立てる価値がある。それが、日本の脱亜入欧からはじまる立場をもう一度アジアに向けさせ、アジアの現状から課題を絞り込んでいくための重要なフレームワークとなるのではないか。

武藤 敏郎氏武藤 敏郎氏



■東アジア三国と大東亜共栄圏の記憶

野田委員:世代でいうとこのなかで私が一番古く、終戦のときに18歳だった。戦前・戦中・戦後の日本をじかに体験した最後の世代にあたる。その意味で「東アジア」というと大東亜共栄圏がまず頭に浮かぶ。あれはアジア諸国だけでなく他の国々からも非常に大きな反発を買った。諸外国は、日本が言い出すと必ず大東亜共栄圏を思い出す。それを思い出さなくなった唯一の国民が日本人ではないか。だから鳩山さんの発言を聞き、やはり世代が変わったと思った。戦前・戦中の日本に対する海外からの批判を無邪気に何も考えないで、東アジア共同体を言い出されたとも感じた。意外に反発が少なかったのは、内容がなかったからかもしれないが、はじめはハッとした。
 武藤さんがおっしゃるように首相の言葉は非常に大きく響く。どう受け取られるにせよ、いろんな人が複雑な思いをしている。もしかしたら、このテーマを一番単純に批判しているのは日本人かもしれない。大東亜共栄圏という言葉自体、すでに忘れてしまっているのではないかとも感じさせられている。しかし、日本人が東アジアと言う場合、避けて通れないのはかつての内容のないイデオロギーであり、大東亜共栄圏と言葉のうえでは通じたけれども、まだ誰も真面目にそれを論じた人がいないのではないだろうか。
 一方、日中韓のバランスも問題だ。アジアの学生を教えていると、実際に彼らが中国を大きな脅威として捉えていることがわかる。東アジア三国と言った場合、日本は歴史的にも警戒感を持たれるが、それは中国も同じ。そうした現状をみるかぎり、三国のなかでは韓国発で東アジア三国共同体が提唱されていくのが一番無難ではないかと考えている。韓国と日本は、歴史的には日本に多くの責任があり、まだ国民感情がよろしくないが、韓国の友人と話をしていると、どこの国の友人よりも意志が通じやすいと感じる。その意味では、日韓が互いの文化や宗教などの共通項を活かした真の意味での同盟国となって、巨大な中国を支えていくことができれば、それが世界にとっても安定勢力となるのではないか。

松岡幹事長:たしかにアジアにおいて韓国がイニシアティブをとることは歴史的にはなかった。21世紀にはそのチャンスがあるかもしれない。

野田 一夫氏野田 一夫氏



■日本と東アジアが乗り越えるべき課題

谷野委員:現在、政府が予算措置をして、東アジアとのあいだで毎年6000人の青年交流を行なっている。そのうち、中国とのあいだでは、毎年3000人を受け入れている。しかしこの数は、ドイツ・フランス間の同種の交流と比べると決して多くない。独仏間では、1963年以来、実に毎年14万人にものぼる青少年が交流している。しかも、それがそれぞれの政府の専門部局によってしっかりとサポートされている。同プロジェクトを決定したのはエリゼ条約(仏独協力条約)であるが、青少年交流の他にも両国のあいだの頻繁な首脳交流の実施、政策のすり合わせなどいろいろなことが定められている。署名したのはド・ゴール大統領、アデナウアー首相らであり、そこには2回にわたる戦争を経験し、もう二度とあのような悲劇は繰り返さないという政治の強い意志が感じられる。
 青年交流というと聞こえはいいが、日本の場合、ホームステイの受け入れなど問題も少なくない。交流対象校、ホームステイ受け入れ先の発掘に苦労している。この東アジアとの青少年交流プロジェクトについては、日本でも「オールジャパン」での取り組みが求められている。歴史問題をはじめいろいろ課題をかかえている東アジアでは、相互理解・相互信頼の構築へ向け、とくに次世代に積極的に種を蒔いていく必要がある。
 新聞は今回の東アジア共同体構想を鳩山首相がはじめて提唱したように書いているが、私の記憶では、この構想は、近年においては韓国の金大中元大統領や日本の小泉元首相がASEAN+3(日中韓ASEAN首脳会議、東アジア首脳会議)で打ち出したことに遡る。当時の小泉さんのときと今回の鳩山さんのときとに違った点があるとすれば、それはこれに対する米国のスタンスである。当時、米国(ブッシュ政権)は関心は示しつつも、東アジアサミットについても様子見の情況だった。しかしオバマ大統領によってあれほど強い東アジアへの回帰を言い出された以上、アメリカを抜かすわけにはいかないだろう。その意味で、今回の発言は、日本国内でも東アジア共同体問題とアメリカとの問題について整理がつかないままに打ち出されてしまった感がある。
 さらに、東アジア共同体の将来を語る場合、日本に抜けているのは台湾の存在についての視点だ。台湾は彼らなりに、つとに東アジア経済圏との関係を深めつつある。東アジアの経済共同体を語るときに、台湾の存在を無視するわけにはいかない。幸い中台関係も改善の方向にある。なお、10カ国に拡大したASEANについては、往時の力強さがなくなってきている。
 やはり今後、共同体の実現へ向かっていくうえで中心となるのは日中韓だと考える。だが、その東アジアに決定的に欠けているのは政治家の強い志とリーダーシップ、それにまだまだ彼我のあいだの国民感情が癒されていないという問題もある。乗り越えるべき壁は多い。移ろいやすい折々の国民感情に流されずメディアに媚びず、しっかりと問題に取り組んだドイツ・フランスのリーダーたちを見習うべきだ。これは日本だけの問題ではなく、韓国や中国の問題でもある。
 もうひとつ加えると、これまでの日本のように政治のトップがころころと入れ代わっていては、外交的にも相手にされなくなるだろう。その点、米中の場合はお互いに8~10年はそれぞれトップの座にあるだろうということが見通せる。しからば、お互いに当面の課題だけでなく、中長期的な課題についても話し合おうということになる。

武藤委員:ひとつ補足すると、ASEAN+3の東アジアを進めるという展望に対して、前述の訪中のおりに私が中国から聞いたのは、日中韓は難しい、ASEANを中心に東アジア共同体を推進すべきだという声だった。日中韓の主導権争いは避けた方がいいと中国自身が言っていた。

谷野 作太郎氏谷野 作太郎氏



■次世代に伝える文化の東アジア共同体

田中委員:文化の問題と政治の問題は切り離せないが、まず私たちの文化の位置づけをはっきりとさせるべきだ。江戸時代までと比べると、その後140年のあいだ日本では東アジアの問題が真剣に考えてこられなかったことがわかる。もちろん戦時中こそ研究が盛んに進められたが、そうした意味でではなく、どのように東アジアの共通の文化を認識し育て上げていくかという観点での研究や意識がこれまでまったく欠けていたのではないか。
 東アジア共同体の構想は随分前から言われてきたことで、私もこれまで大学院の学生などとシンポジウムを開いてきている。そこで感じてきた問題は、この数年のあいだにおいても反中国的な意識が進み、長い歴史のなかでつくられてきた民族文化に対していまだに正確な知識を持とうとする動きがほとんどみられないということだ。民族と国と身体的な特徴が混同され、DNAという言葉も横行する。
 たとえば朝鮮半島には朝鮮文化があるが、それは身体のつくりとは関係がない。ところが私たちは正しい知識を持たないままに、餃子問題のような程度のことでもすぐに揺らいでしまう。これはやはり教育の現場で教えてこなかったこと、交流がなさ過ぎたことに問題がある。
 谷野委員が発言されたドイツ・フランスの交換留学の話も驚くべきことだと思う。いま民主党の案で出ているのは次世代の教育についてであって、経済共同体のことが書いてあるわけではない。私も同感である。まず教育の場で動き、交流などを通して次世代の認識を変えていく必要がある。このような研究会でも、まず「文化のうえでの東アジア共同体」という観点から問題を考えていく。たとえば靖国問題のように、政治と文化の文脈が切り離し難い場合でも、あえて文化の観点からの議論を進めていくべきではないか。
 それから、日本と東アジアといったときに、どうしても私たちは国の名前で話してしまうことがあるが、自分自身としてはそれを超えようと思っている。日本・韓国・北朝鮮・インド、という括りではなく、実際はもっと多様で深い歴史をもった民族文化がたくさんある。中国人は、日本人は、韓国人は、という言い方はしたくない。そういうことを言い出すと、観点が政治的なところにずれていく。文化とは何であり、私たちがどのようなことを大切にしなくてはならないかという観点に立って話をしていきたい。

松岡幹事長:ナショナリティ、エスニシティ、身体文化、国名、言語は合致するようなものではなく、ずれを孕んで組み合わさっている。そのひとつを取り出して国や民族の特徴を言い表すことはできない。かつて日本がつかった「五族協和」という言葉もそこに無理があった。ちなみに、江戸時代までは東アジア三国といえば、今日的な日中韓とは異なった天竺・唐・本朝を指していた。

田中 優子氏田中 優子氏



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