日本未来編集ネットワーク MIROKU

研究会

2010.03.08

第5回研究会レポート(その2)

■新しい地平での文化交流が共通意識を醸しだす

青木委員:まず文化の観点からみると、いまや現在の東アジア地域には新たな「東アジア文化圏」が成立しつつある。これまで「東アジア文化圏」というと儒教文明圏、漢字文化圏といった歴史的な共通項が指摘されることが多かった。けれども、たとえば昨今公開された映画『レッドクリフ』を観ると、ジョン・ウー監督を中心に、香港のトニー・レオン、台湾の美女リン・チーリン、日本からは中村獅童など各国からの俳優が出演している。資金面からも制作面からも、いまや中国はこのようなスペクタクル大作をつくることができる唯一の場所になっている。監督も大作映画は今や東アジアでしかつくれないと胸を張っている。日中韓のあいだには映画や音楽や美術の分野ではすでに協力体制が生まれている。
 政治的なレベルでも、すでに2007年にはじまる日中韓の文化大臣フォーラムにおいて、3国の政府が共同で文化交流に取り組むことが公式に宣言されている(南京宣言・済州宣言)。このように各国の政府が互いに対等な関係で臨むというスタンスが堂々と打ち出されたのは歴史的にもはじめてのことで、日本ではあまり話題になっていないが、韓国や中国では注目を浴びているはずだ。
 今回の鳩山政権のように「東アジア共同体」と言ってしまうと、誰を入れて誰を入れない、というように境界が閉じられた議論になってしまう恐れがあるが、もっとこのような「開かれた東アジア」に対する日本の積極的な取り組みを世界へ向けて発信することもできる。そのためには現代の東アジアの文化的な潮流に目を向け、新しい地平での文化交流に着眼する柔軟さも必要になる。
 一方、皆さんもおっしゃっていたが、「共同体」をつくる意味がどこにあるのか。これがはっきりしない。その理由は二つある。ひとつには、東アジアではそもそも共同体構想に対する一般民衆の関心が希薄だということだ。EUの場合は歴史的基盤に加えて、高等教育交流計画「エラスムス」やアテネをはじめとした「ヨーロッパ文化首都」のような制度が功を奏し、「われわれヨーロッパ人」という共同体意識を醸成することに非常に成功している。東アジアにはこれがない。
 もうひとつは外部からの脅威の欠如だ。欧米や日中からのプレッシャーによってまとまったASEANや、戦後の冷戦構造を背景に結束力を高めたEUとは違い、東アジア3国はむしろこれから世界に伸びようという積極的な時代にある。その意味でも、まず必要なのは、東アジアに属する人たちが共通意識を醸成するための基礎を固めていくことだ。私自身も「東アジア大学院大学構想」をはじめ、いろんな手を打っていきたい。

松岡幹事長:もともとギリシアの哲学や政治学のなかで、アジアは観念的に「地下の世界」を意味していた。そういったアジア観を、ルネサンス以降のマニエリスムとバロックの時代、すでに地理的な発見が終わったあとに、ヨーロッパは再発見したという経緯がある。
 ヨーロッパがフランク王国のように共通の土地やクリスチャニティを有しつつ広がっていったのに対し、アジアではまず華夷秩序をもった中国が大きくあって、その背後には遊牧的なものも動いていたが、ヨーロッパのような統一性は生まれなかった。日本はそういうことに目を付けて「五族協和」や「大東亜共栄圏」ということを言い出したという経緯がある。
 加えて、田中委員からは「戦時中を除いてアジア研究がなかった」という発言をいただいたが、これも非常に大事な指摘である。たしかに国土学をはじめとして、アジア学・東洋学というのは白鳥庫吉以来、存在していた。けれどもそれは日本が提案し、それを中国や韓国が受容するというかたちになっていた。東洋学は行われていたものの、それを今日的な意味でグローバルな学問に育てていくことができているかというとまた難しい。

青木 保氏青木 保氏



■大学の国際交流と科学技術外交の試み

磯貝委員:最初に、私どもの大学が東アジアとどのような関わりをもち、何をしようとしているかお話ししたい。まず、大学の国際交流という観点からいうと、かつての大学は「研究」と「教育」が二つの主眼だったが、最近はそこに「地域貢献」という言葉が、さらには「国際交流」や「グローバルスタンダード」が加わり、各大学でも国際的なプレゼンスをいかに高めるかが大きな課題となっている。科学技術の新たな分野に対抗する試みとして設立された奈良先端科学技術大学院大学でも、現在さまざまな国と交流協定を結び、アジア各地の大学とも多くの研究交流を進めている。小さな大学だが、学生1000人のうち留学生が100人を占め、そのうち8割がアジア地区からの参加であり、その数は今後さらに増えていくと見込んでいる。
 私どもの大学では、IT・バイオ・ナノテクという3つの分野に特化した取り組みを行なっているが、その目からアジアをみると、現在のアジア地区が共通の科学技術の問題をかかえていることがわかる。たとえば現代の農学は当然、資源や環境、食糧技術にも関連する。こうした科学技術も文化のひとつとして捉え、アジア地区の共通の課題に対し各国とどのような交流をつないでいくかが重要な課題となる。
 これは、最近とくに注目される「科学技術外交」というコンセプトにも関わる。「科学技術外交」とは、科学技術と外交を連携し相互の発展を目指すもので、私どもの大学も奈良県のひとつの拠点として東アジア地区にいろんなかたちで貢献できるのではないかと考えている。
 ところが最近、行政の事業仕分けで予算がばさばさカットされている。これまでは「科学技術立国」が金科玉条のように言われ予算のうえでもある意味で聖域だったが、このままでは科学技術で東アジアと交流を結ぶという現在の計画もたいへん難しくなる。実は留学生が行き先をアメリカと日本で迷うときの決め手のひとつに経済的サポートの規模がある。しかし、国の政策として支援が限られるようになると、いま考えているほど留学生を呼び寄せることができるかやや心配である。
 申し上げたように、共通の問題をかかえているアジアの国々といかに科学技術のレベルでの交流を行なっていくことができるかがいまの大学の課題であり、これは日本が国際化という問題に対応していくうえでの焦点でもある。

青木委員:アジアの大学を取り巻く国際文化環境は2000年以降、はっきりと変わった。これを意識したほうがいい。中国でも東南アジアでも大学が力をつけてきて、さらに政府の支援によって世界的な大学が増えている。世界的にはおもしろい時代になっているが、日本の大学だけが下り坂だ。大学に受け入れ施設もまったくない。

野田委員:日本ではすぐに数の問題になるが、アメリカは「人数」ではなくて「人材」を集めようとしている。さらにアメリカは留学生の受け入れ体制が格段に優れている。日本は受け入れ方もしっかりしていないのに「留学生30万人計画」(福田前首相)というように数で言う。日本に来ても失望する学生はたいへん多い。自分のところでしっかり受け入れることができないならば、他を紹介するなど「学生満足」を意識したほうがいい。どうしても日本へ行きたいという特色づくりも必要だ。そんななか立命館のアジア太平洋大学は成功しているのではないか。

磯貝委員:私も見学させていただいたが、地域ぐるみで大学を支えている。やはり留学生が増えてきたときに、大学だけでは生活空間を十分に準備できない。奈良県なら奈良県という地域が地域ぐるみで学生をサポートする仕組みをつくりあげることが大事になってくる。

磯貝 彰氏磯貝 彰氏



■ジャンルとメディアと国境を超えた文化創造

松岡幹事長:つづけて光州でアジアの交流文化都市をつくるうえでの中心人物となっておられる金委員にご発言いただく。

金委員:いま私が総監督としてかかわっているACA(アジア・クリエイティブ・アカデミー)は、文化交流型の都市づくりが進められる光州とともに、文化庁のシードマネーを受けて、今年の5月にスタートした新しい学校である。ジャンルとメディアと国境を超えた現場重視のクリエイティブ教育を目指し、アジア各国で働いているクリエイターやデザイナーが100名くらい毎週末ソウルに集まって教えている。日本からも、原研哉さん、浅葉克己さん、勝井三雄さんといったトップクラスのグラフィックデザイナーたちが参加している。教える側も学ぶ側も、国籍と学歴と年齢がミックスした新しいスタイルの学校となっている。
 いまの韓日中のクリエイティブ系の学校は、どこも教育方法が西洋中心という大きな問題をかかえている。西洋型の「カタチをつくるスキル」がメインとされているため、多くのクリエイターがオペレーターになってしまい、自ら考えずにモノをつくるようになってしまっている。さらにデジタルテクノロジーが発展するなかで、ものづくりのプロセス自体が0・1型のOSによってデジタル化してきている。
 しかし、アジア的創造力の魅力はむしろ「曖昧さ」にあるのではないか。ACAの特徴は、スキルの教育だけではなく、セオリー、リテラシー、クリティーク、ストーリーテリングをはじめ、思考と創造のコアとなる部分からカリキュラムを構築しているところにある。
 優れたクリエイターズスクールとしては1919年のドイツのバウハウスがあるが、いまの時代はさらに「メディア」というテーマが中心に浮上しているところに特徴がある。トヨタのハイブリッド・カーが世界で注目を浴びるなかで、メディア自体も「ハイブリッド・メディアの時代」になってきている。本を中心にした印刷メディア、WEB、映像、モバイルという4つのメディアがハイブリッドする、そして文化自体も「カルチュラル・ハイブリッド」になる。
 たとえば、日本ではマッコリが人気と聞いたが、逆に韓国でもサケ(酒)・バーが盛んで、北京ではスシ(寿司)・バーが人気というように、現代では文化自体が互いに混ざり合っている。EUはユーロマネーというように経済を中心にしたひとつの共同体をつくっているが、東アジアの共同体の中心には政治や経済ではなくこうした文化的な特徴が据えられるべきではないか。アジア文化の似ているところと違うところとを互いに研究をしながら一緒に世界に伝える。ACAのような新しい教育のやり方も、東アジアのこれからを考えるひとつの方法となるのではないかと思う。

松岡幹事長:光州は光州事件で有名で、アジア有数のビエンナーレも開催しているが、なぜ光州が文化交流都市のセンターとして選ばれたのか?

金委員:光州は昔から「芸の街」として知られてきたが、軍事政権のときの光州事件などで発展できなかったという経緯がある。だからこそ、いまそこに工場などをつくってしまうと、芸の街としての特徴が消えてしまう。そこで文化を中心にした街づくりができないかということになった。
 また、韓国では現在あまりにもソウル一極集中になってしまっている。人口の3分の1がソウルに住んでいる。光州が文化を選んだ背景には、それに対して地方なりの色をちゃんと活かしていきたいという考えもある。

金 炅均氏金 炅均氏



■自立と共生のあいだをつなぐもの

松岡幹事長:栗山委員は経済や金融の面から、とくに住友からクレジットの分野にお進みになり、そういった点からアジアや世界をご覧になってきたことと思う。世界ではいまクレジットカードが2~3億発行されていて、決済額が25兆円とか30兆円になるという。アメリカがその大きな部分を占めるなかで、日本はいまだ10%に満たないというお話もされていた。そういった視点から現在のアジアをどのようにご覧になられているかうかがいたい。

栗山委員:私はもともと奈良の法隆寺の近くの生まれで、子どものころから聖徳太子や弥勒菩薩にも親しみがあった。銀行一筋で走ってきたが、ヨーロッパの経済合理性やシステム効率性といったものにやや疑問を覚えながら、あるときビジネスの世界からふと振り返ってみると、田舎は「田園将に蕪れんとす」で、農業も林業もすでに壊滅的な状況になっていた。それを機に「地域の自立」ということを考えるようになった。
 ところが地域の自立といっても、やはり住民自身がぜんぜん自立していない。身近な例でいうと、蜂の巣処理はお役所に頼む、買物はスーパーでといった意識が住民のあいだに広がっている。どうも日本では地域の自立のみならず個人の自立ができていないことにも問題があるのではないか。これからの日本を考えるうえで、「自立と共生」が大切なポイントになってくるのではないか。
 この「自立と共生」という観点でいえば、聖徳太子の十七条憲法がひとつのキーになる。まず第一条の「和を以て貴しと為し」は、対話の大切さを述べたものだ。対話は自立と共生のあいだをつなぐものであり、この考えは実は「和」という枠組みのいろいろなところにも広がっている。たとえば神仏習合も、たんに習合したのではなく、弁証法的に日本流に昇華したうえで新しいものになっているところに特徴がある。
 次の第二条「篤く三宝を敬へ」には、大乗仏教というひとつの流れのなかで平等思想的なものを感じる。その奥底には当時の国家仏教を超えて、のちの親鸞を目覚めさせるほどの何かがあったのではないか。第三条は「詔を承りては必ず謹め」。明治維新以降の新しい体制のなかでは、これぞ天皇制という解釈もみられたようだが、これも随の煬帝に送った「菩薩天子」とう言葉と合わせると、君主・元首は菩薩でなくてはならない、菩薩というものがあってはじめて国が治まる、ということではないかと読めてくる。
 現在、東アジアは大きな変動を迎えているが、そのなかで日本が日本として自立し、日本の一番根底のかたちは何なのかと考えるうえで、もう一度、聖徳太子をはじめとした先人が悩んだことを復習することには大きな価値がある。
 最後に、私自身の中国でのエピソードを加えたい。揚州には大明寺という鑑真和上のお寺がある。なぜこのようなお寺が残っているのかと聞くと、文化大革命のときに周恩来が「日本と一からはじめるときにはこのお寺が出発点になる」と語ったからだという。前年、胡錦濤氏が奈良に持ってきた土産物も鑑真和上の肖像と遣唐使船の模型だった。このように遣唐使の足跡にも、中国と日本との関係をつなぐためのヒントがあるかもしれない。
 もうひとつ、そのときの通訳の女性は親日派だったが、なぜ彼女が日本のファンになったかというと、南京大学のときに2年間鹿児島にホームステイしたそうだ。そのときのおばあちゃんがいまだに日本のお母さんなのだという。情緒的になりすぎてもいけないが、そういうところにも何か大事なものがあると思う。

松岡幹事長:奈良とアジアの結びつきは、非常に大事なポイントである。先ほどの光州のように、国を超えた交流拠点としての奈良を考えていくべきだ。

栗山 道義氏栗山 道義氏



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2010.08.06
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